ブラックに働いていた時の話をしましょう。
どんな風にブラックに働いていたか
周りの先輩も上司も、みんな当たり前のように長時間労働をしていたベンチャー気質な会社に転職しました。
仕事内容が、いくらでも時間をかけられる部類のものだったので、なおさらみんな長時間労働して質を上げる努力をしていました。
ほぼ毎日終電で帰って、休日も仕事をするのが当たり前の毎日。
終電がデッドラインだと思っていたのに、ある日終電を逃してしまったら、その日を機に終電を気にせず仕事をするようになってしまいました。
22時頃に終わったら早い方。
そんな感じで、20代の大半はほぼ仕事をしてました。
当時は、仕事が楽しかったし、周りに同じ境遇の同僚もいたので励ましあいながら頑張れたし、仕事で評価をされるのはすごく気持ちが良かったのです。
30代前半は、管理職になり、さらに時間がなくなりました。
いつ寝ているのかわからないくらい、ずっと会議、ずっと仕事。
特にコロナで在宅勤務になってから、隙間なく仕事が埋まっていき、食事・トイレをする時間がないくらい、ずぅぅぅっとパソコンに向かって会議に参加してました。
そして夜中は自分の作業や、部下のフォロー対応。
今考えると地獄のような働き方をしていました。
なぜ逃げださなかったのか
「なんで転職しないの?」と言われそうですが、
- 当時の私は仕事しかよりどころがなかった(プライベート皆無)
- その仕事自体は好きだった
- かつ、仕事である程度評価されていて承認欲求が満たされる場所だった
- 将来のキャリアのためには仕方がない思い込んでいた
- むしろ、みんなも同じように苦しんでいると思い込んでいた
というのが、逃げださなかった要因でしょうか。
親の影響もありそうですが、仕事で出世していっぱいお給料をもらうことが良いことだと思い込んでいました。
かつ、うちの母親が同じような働き方をしていたので、そういったブラックな勤務体系に疑問を抱かなかったというか、そういうもんだと思ってました。
働き過ぎて何が失われた?
働きすぎた結果、何が失われたかというと
- やりたいことをやる情熱・体力
- 健康に気を遣う気持ち
- 今を生きる気持ち
- 友達、仕事以外のコミュニティ
かなあ。これが、すごく人生にとって大切なものだったとは気づかず。
仕事の代償にしては大きすぎたのです。
やりたいことをやる情熱・体力
もうプライベートに充てる体力は残っていないので、「本を読みたい」とか「映画を見たい」とか、そういった感情すら湧き上がってこなくなりました。
そんなことをするくらいなら寝ていたい、企画案を練りたい、作業を片付けたい。
唯一できた趣味は、通勤時の「音楽鑑賞」。それ以外は、体力が足りなくてとてもじゃないけどできなかったのです。
やらなきゃいけないことばっかりの人生になって、ストレスが全然発散されず、心身ともに蝕まれていました。
健康に気を遣う気持ち
仕事優先になると、一番大切にしなければいけない健康も犠牲にするんですよ人間は。愚かですよね。
食事もコンビニ飯をデスクで仕事しながら食べる、眠気覚ましにエナジードリンクを一気飲み、集中力が切れたら甘いものドカ食い、ずっとデスクに座っていて体を動かさない、休日はひたすら寝溜め。
自分の体より優先するものなんてあるのか?と、今なら思えますが、当時はそんな考えが一ミリも思い浮かばないくらい、おかしかったんです。
今を生きる気持ち
とにかく、思考が「今」に向くことがゼロでした。
シャワーを浴びながら、ずっと仕事のことを考えている。
ご飯を食べながら実際に仕事をする。
トイレ時間や移動中はずっとメールチェック。
やっていることと思考はまったく別の次元に行っていて、今を感じることはできていませんでした。
ストレス解消になると言われている「瞑想」とか「趣味に没頭」って、今を楽しむことで過去・未来に思いをはせることがなくなり、すっきりすると思うのですが、それが全くできていなかったです。
友達、仕事以外のコミュニティ
今考えると本当に最低だなと思うのですが、友達からのLINEを無視したり、約束ドタキャンしたり。
彼氏がいた時期もありましたが、彼氏<仕事 だったので、デートをドタキャンすることも珍しくなく。(ごめん)
私は人づきあいが苦手で、ありのままの自分を出せる友達がおらず、休みに友達と遊ぶのが辛かったんです。
疲れてるけど無理やりテンション上げなきゃいけないし、友達に愚痴は言ってはいけないと思ってたし。
(私の愚痴を聞かされても困るだけだろうなーネガな気持ちにさせちゃうなーと思ってました)
あの時、気の置けない友達がいて、愚痴を話したり相談したりできていたら少し違ったのかなあ。
こんな状態なので、職場以外のコミュニティが全く育たなくて、さらに仕事に依存することになりました。
今、ブラックに働く人がいたら伝えたいこと
- 君は幸せになるために生きてるんじゃないのか?
- 人生は仕事だけじゃないぞ
- まあ、とにかく2日間くらい仮病で休んで
君は幸せになるために生きてるんじゃないのか?
出世=幸せ
だと思っている人がきっと世の中には多く、みんな給与を上げることを目指しているかと思うのですが、
いくら給与が上がっても、あなたが苦しんでいたらそれは本末転倒ではないか?と思うのです。
もちろんお金は必要なので、給与が高いってことは重要ですしありがたいこと。
ですが、それで心身壊してしまったら元も子もない、ということを自覚してほしいのです。
お金を稼ぐために生まれてきたわけではなく、
幸せになるために生まれてきたんじゃなかったっけ?
ということを、いつの間にか忘れちゃうんですよね。
人生は仕事だけじゃないぞ
20代って、
平日当たり前のように8時間以上仕事して、仕事終わりは会社の仲間と飲んで愚痴を言い合い、休日は「せっかくの休みだから!」と思って人混みの中観光地に足を運んで映える写真を撮り、日曜夕方に「明日仕事行きたくねー」って思いながらまた平日を迎える
っていう日常が「当たり前」であり「みんなやっていること」であり「それが幸せ」だと思い込んでいる節があるのではないかと思うのです。
辛いのが当たり前、みんな乗り越えてきている、と。
その思考を取っ払ってほしい。
仕事をバリバリやることが楽しい・生きがいの人もいるし、そうでない人もいて、
あなたは「そうでない人」かもしれない、と少し考えてほしい。
会社員として仕事をするのが「当たり前」ではないよ、ということを伝えたい。
まあ、とにかく2日間くらい仮病で休んで
上記に書いたように、伝えたい熱い思いことはたっくさんあるのですが、当時の私にこれを伝えたとて、心に全く刺さってなかったような気がするんです。
周りからのアドバイスが耳に入るようになるには、休息が必要。
「仮病なんてイケナイ!」って思ってそうですが、そんなことないですよ。
むしろ「仮病」ではなく、本当にあなたの心身はボロボロなので、休んでください。
「頭痛」「腹痛」「めまいがする」「熱がある」とか、なんでもいいです。
できれば2日間くらい休んでも違和感ない理由がいいです。
最後に思うこと
私は、仕事第一優先にしたおかげで20代はずっと苦しんできました。
視野が狭かったと思いますし、助けを呼べなかった自分にも非があると感じます。
でも過ぎてしまったことだし、この20代があったからこそ、30代の今は本当に大切なことってなんだっけ?をちゃんと考えられるようになったので、必要な工程だったんだなと思うようになりました。
図太く仮病使って休んだりできるようになりましたし。
(成長した)
働きまくっているときに、なぜこんなに働いている?という問いに対して、
自分軸で答えられないのであれば、もう一度キャリアを見直すべきだなと思いました。
まとまりがなくなってしまいましたが、これで!